【読書・おすすめ本】「アランの幸福論 エッセンシャル版」アラン 著

こんにちは!
ろんじえぱぱです!

私の生活はうつ気味の母と自閉症の娘との三人暮らし。地味な生活の毎日で華やかさはありません。

それゆえ、たくさんの本を読んで知識を仕入れては、今ある日常を如何に「幸せ」を感じることができるように努めてきました。

以前ブログで、ラッセルの幸福論について紹介しました。興味ある方はご覧ください

幸福論 ラッセル

人はみな「幸せ」を求めますが、その形は目に見えず千差万別なため、つかめるようでつかめない蜃気楼のようなもの。

まるで虹のように遠くからははっきり見えるのですが、中に入ってしまう幸せの感覚と現実との見分けがつかなくなります。

結婚、出産、出世や収入アップなど、憧れを抱いていた頃に比べて、いざ達成してしまうと、そこに以前思い描いたほどの幸福感は不思議と感じられなった経験はないでしょうか。

「幸せ」を形作るのはモノや環境でなく「心」であり、「心」で「幸せの風味づけ」を行えば目に見えるすべての風景が幸せに感じることができるのです。

今回紹介する「アランの幸福論 エッセンシャル版」は当時著者のアランが書き記した五千を超えるプロポと呼ばれる新聞コラムから、抜粋したいわば名言集。

ひとつひとつが短文で非常に読みやすいため、何度も読み返しては「はっ」とされられ、気づいたら一気に読み終わってしまっていたほど、その珠玉のフレーズの数々に夢中になってしまいました。

さすがに世界の三大幸福論に値する名著であり、私の人生に深い印象を与えた一冊です!

この本に魅せられたキラーフレーズ

自分の幸せを願い、自分でつくりだす

アランの幸福論 エッセンシャル版

アランの幸福論 エッセンシャル版

著者紹介:アラン Alain

フランスの哲学者。本名はエミール=オーギュスト・シャルティエ(Emile-Auguste Chartier)。ノルマンディー地方のモルターニュ生まれ。高等師範学校卒業後、才気あふれる哲学教師としてアンドレ・モロワ、シモーヌ・ヴェイユらを輩出する一方で、アランのペンネームで数多くの本や記事を精力的に発表した。

1906年より地元紙に「あるノルマンディー人のプロポ」というコラムの寄稿を開始、第一次大戦前後に約5000編を複数の新聞や雑誌に発表した。なかでも幸福について記した93編をまとめて出版したのが『幸福論(Propos sur le bonheur)』(1928)である。これはヒルティ、ラッセルの『幸福論』とともに世界三大幸福論といわれ、世界中で翻訳され読み継がれている。日本でも昔からのファンが多い。

「BOOK」データベースより

気になったキーワードをピックアップ

この本を読んで目からウロコのキーワードを解説します。

幸せを求めますか。悲しみを求めますか。

一度にふたつの態度をとることはできない。

手を開けば、握りしめたこぶしの中に抑え込んでいた腹の立つことはすべて解き放たれる。飲み込むことと咳をすることは、一度にはできない。

「アランの幸福論 エッセンシャル版」より

この表現は端的でありながら、本質を突いている表現です。

例えば、私の母は世間体では、どうみても悠々自適の年金暮らし生活。

しかし、彼女の頭の中は常に将来に対する「不安」、体が弱っていく「恐怖」、自閉症の娘を世話することへの「閉塞感」でいっぱい。毎日ため息をついては、睡眠障害を起こし、精神不安定です。

対して、私はうつ病の母と自閉症の娘の育児というなかなか厳しい状況ですが、いつも「幸せ」を感じています。

目の前の光景を目の当たりにして、自分が「陽か陰」のどちらにいたいのか?そして自分の人生はどう有りたいのか?

答えは無論「陽」です。

悲しい状況に対応するときは必ず「成長ややりがい」など「幸せをもたらす方向」へ自分の思考を持っていきます。

無論それは簡単にはいきませんが、私自身の軸を「陽」と明確に定めることで、私の取る行動に様々なポジティブな波及効果がもたらされます。

人生 トライアンドエラー

アランの幸福論 エッセンシャル版

アランの幸福論 エッセンシャル版

行動によって喜びがもたらされる

喜びは行動にともなって生まれる。「行動とは喜びを追い求めるものである」という思い込みは、よくある間違いである。

「アランの幸福論 エッセンシャル版」より

これまで色々な本を読んできましたが、どの本も最後には決まって「行動こそすべて」と記してあります。

どれだけ知識を仕入れても、行動しないことには何も経験を得られない。「百聞は一見にしかず」は行動にも当てはまります。

期待 感情の借金

知識を仕入れて喜ぶのは行動を伴っていない「期待」だけであり、それを実行に移して初めて喜びを得られます。

しかし、本や動画で知識を仕入れた時は非常に期待に胸膨らみ、若干の興奮を覚えますが、実際行動に移すと、期待はどこへやら、行動は「作業」のように非常に地味な活動です。

筋トレ、瞑想、ダイエット全般、株に至るまで、「行動」とは地道で地味な毎日の連続なのです。

しかし、地道に「やってきた」ことの中に「成長」という果実があり、そこから「喜び」を汲み取ることで、真に私たちの力となることを実感しています。

悲しみにさよならを

悲しみに抵抗する。

喜びは、権威的ではない。はつらつとしているからである。その一方、悲しみは、人の心の中で王座を占めている。いつも過分に崇拝されているのだ。いつも悲しみは口達者で、態度が大きい。

「アランの幸福論 エッセンシャル版」より

この本を読んでいて非常に感銘を受け、私の日々の悲しみの中でも常に「幸せを誓う」ことを心に決めた一文です。

人はネガティブに強く反応することは人類の生存戦略から致し方ないこと。しかし我々には新しい脳「大脳新皮質」と呼ばれる理性を司る脳があります。

悲しみを前に悲観するのは古い脳である扁桃体を中心とする「大脳辺縁系」の反応。しかし、そこに意義を見出すのは新しい脳の働きです。

私の現在の生活は、仕事と家庭を行き来する非常に地味な毎日に終始していますが、長い人生上の「辛抱の時期」と考え、悲観することなく、着々と知恵と財を貯め続けています。

人生 辛抱の時期

私たち人類は猛禽類と違い、鋭い牙も爪もありません。一人前になるのに20年以上もかかるのは、全て本能でない、「理性」を育み、知識武装によって、あらゆる環境変化に対応できるためです。

人の武器である「理性」は万能であり、「理性」を磨くことで自分の人生や他人の人生までも明るく照らし出せます。

いつも悲観にくれている母。

私が悲しみに抵抗し、「幸せを誓う」行動を地道に日々繰り返すことで、彼女の人生に少しでも明かりが灯ればと切に願っています。

アランの幸福論 エッセンシャル版

アランの幸福論 エッセンシャル版

さいごに

数々の本を読んでいると脳の中で知識が繋がり始めて、最近は自分なりの幸福論ができあがってきました。

幸せ 比較 心の焦り

大半の方が勢力旺盛な若き頃に戻る憧れを抱くと思いますが、私の幸福感は今が人生の中で一番大きいと感じています。

それは今は若き時になかった人生経験と知識、そして自己成長があるから。

若き日は、自分がどのような性格で、どのような能力を持ち、どのような夢を描くか分からず、無為に他人と比較しては嫉妬や競争心でもがき苦しんでいました。

今は様々な知識によって自分を知り、やるべきことを知り、人生上の使命感や方向性が明確になってきました。

今でも十二分幸せなのですが、「このまま死ぬまで知識を取り入れ続けたら、どのような成長ができるのだろう」という好奇心を常に抱いています。

私たちすべては不完全な生き物であるがゆえに、常に「未完」な生き物でもあります。

限りある人生で、絶え間ぬ自己成長を求める道すがらに、培った知識と行動で自分だけでなく、他人を幸せに導くことが私の願いでもあります。

私のブログが今回紹介した本を手に取るきっかけになれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

【読書・おすすめ本】「アランの幸福論 エッセンシャル版」アラン 著
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