【読書・おすすめ本】「幸福論」B・ラッセル 著

こんにちは!
ろんじぱぱです!

先日のブログ更新からはや一週間。なかなかブログをブログを更新する機会がありませんでした。理由は、ちょっとむずかしい本を読んでいたからです♪

読書日和

今まで紹介した本は、読書初心者を含め、万人受けするような著書ばかりでした。言わば、様々な思想を現代版に咀嚼して解説した、離乳食のような分かり易さがウリであり、それ故にベストセラーになっているんですよね。

しかし上手く噛み砕かれた理解しやすい本ばかり読んでいると、時折噛みごたえのある本にチャレンジしたくなるのが人の常。

3百ページ以上でびっしり書かれていて、私の読解力ではなかなか先に進みませんが、なんとか2回通読することができました。

本を水に例えれば、思想の源流に近くなればなるほど、非常に冷たく飲みにくいですが、考える糧となる栄養価やミネラルは豊富。

「幸福とは何なのか」を問うた1930年発刊の名著。90年前に書かれたとは思えない程、思わずうなずいてしまうような新鮮な驚きに満ちた名著です。

この本に魅せられたキラーフレーズ

自分自身のうちに私たちを閉じこめてしまうさまざまな感情こそ、最悪の種類の牢獄を作り上げるものにほかならない。こうした感情のなかでいちばんありふれたものは、恐怖、嫉み、罪の意識、自己憐憫、それから自己称賛である。

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

著者紹介:バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル

1872年生まれ。イギリスの論理学者、数学者、哲学者。
ヘーゲル哲学から経験主義に転向し、初期の論理実証主義に影響を与える。数理哲学の分野では、ホワイトヘッドと共に著した『プリンキア・マテマティカ』が有名。また、晩年は平和活動に身を捧げ、アインシュタインと共同で「ラッセル=アインシュタイン宣言」を発表。ベトナム戦争に対しても、サルトルらとともに抗議行動を展開した。
1970年2月没 。

「BOOK」データベースより

この本を読んだ感想

本書の日本語訳は「幸福論」ですが、本書の原語では「The Conquest of Happiness (幸せの獲得)」と表記されています。

この「獲得」という部分が非常に大事な要素になります。

私たちは幼く無力な幼児期から、絶対権力者である両親の愛を獲得しつつ成長する中で、与えられた環境で生き抜くために、生まれたての純粋な性格は徐々に変容していきます。

そして自分が大人になった時にその環境の影響を受けた「性格のねじれ」を直してあげないと、たとえ地位や名誉、金銭を手に入れても永遠に心が豊かになれません。

なぜなら、「幸せのカタチ」は外部要因が100%ではなく、そのコアである「自分の心」が決めているからです。

本書の前半では「何が人を不幸にさせるのか」の原因として「競争」「嫉妬」「罪悪感」「退屈と興奮」など8つを挙げ、後半では「幸福をもたらすもの」として「熱意」「愛情」「家庭」「仕事」など6つを列挙しています。

不思議なことにおおよそ100年前に書かれたとは思えないほど、その描写が鮮烈で、思わず唸ってしまうフレーズが至るところに散りばめられています。

300ページ超えで行間びっしりの読み応えのある本ですが、一度は目を通しておくべき、「幸せ」を基礎を形作る倫理観を示した非常に価値のある名著です。

気になったキーワードをピックアップ

この本を読んで目からウロコのキーワードを解説します。

幸せを引き寄せるため取り除くべき考え方

自分自身のうちに私たちを閉じこめてしまうさまざまな感情こそ、最悪の種類の牢獄を作り上げるものにほかならない。こうした感情のなかでいちばんありふれたものは、恐怖、嫉み、罪の意識、自己憐憫、それから自己称賛である。

「幸福論」B・ラッセル 著より

娘の自閉症を皮切りにこれまで浸っていた「普通」の世界を離れて以来、私自身の別居を含め、母の不安症や乳がん、娘の自傷行為の悪化や施設問題、など、様々な問題が発生しました。

しかし今現在の私自身は特に問題を感じることもなく快適に過ごしています。

若き頃思う「幸せのカタチ」はステレオタイプの収入と地位や贅沢でしたが、今現在、私が思う「幸せのカタチ」は何よりも「自分の心と素直に向き合える」ことだと感じています。

以前の自分はまさに「自分の感情の牢獄」の中に囚われていた囚人でした。そのような悪感情を排除することで、初めて自分に素直になれたと感じています。

不幸をもたらす感情「恐怖」

私たちが幼き時は権力者である大人の影響をモロに受けます。

親が子どもを「良い子」と呼ぶ時は、大概、子どもが聞き分けがよい時であり、そこには大人の都合がだいぶ含まれます。子どもはなんとか親の機嫌を取ることで生存戦略を図りるのです。

また、その子の両親は暮らしている地域の「世間」やマスコミの影響を受けるので、子供の周りの環境はそのまま世間の声として子どもの行動を規定するようになります。

力のない子どもにとってはその声に逆らうことは「普通」から逆らうことを意味しており、それを突破するには、かなりの勇気を必要とします。

当時、私が今のパートナーと別居を決めたとき、母は泣きながら思い留まるように何度も説得してきたのも、彼女の世間に対する「恐怖」だったのではないかと考えています。

離婚 里帰り

本書では世間の声を犬に例え、私たちが世間の声に怯えると、世間の声は犬のように一層声高に吠え立て、噛みつくと述べています。

世間の声に盲目的に従うのは一種の思考停止であり、本来の自分の心が見えなくなる危険がサインであることを感じる必要があります。

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

不幸をもたらす感情「嫉み」

急速な現代の情報化社会がもたらしたもの。それが「競争」「嫉み」の感情です。

以前の私たちの意識する相手は身の回りの人々でした。しかし、今ではSNSの普及により、全世界の人々の生活を垣間見ることができます。

否が応でも比較する感情を刺激されると、上には上がいることを痛感せざるをえなくなり、理想の自分に対する今の自分の現在位置に満足できなくなります。

その鬱屈した感情は、やがて自己憐憫など、自己価値を下げる原因にもなり、不幸を勝手に呼び起こす原因にもなりかねません。

むやみに比較する競争意識から、自分を脱することで、他人でなく自分自身のこと見つめる習慣は、私が実感する幸せの源流です。

以前の紹介したブログでもむやみな比較をやめ、置かれた場所で咲く大切さを説いた本を紹介しています。

幸せはあなたの心が決める

不幸をもたらす感情「罪の意識」

先程書いた「恐怖」の感情の弱いバージョンで、子どもだった頃、先生や両親に言いつけられたルールは、青年期の私たちの「常識」として染み付いています。

マスコミを始めとする同調圧力が、現在のコロナ禍で自粛警察をはじめとして猛威を奮っていますが、そもそも農耕民族である我々日本人は、なかなかその圧力を跳ね返すだけの思考を備えることは難しく、盲目的に追従しがち。

世間の声は無意味な罪悪感や暗黙の圧力を生み出し、自分の心の声と乖離が広がると、心を病むようになります。

特に女性は未だに男性よりも「結婚」や「子ども」、「育児の仕方」など様々な形で世間的な圧力を感じやすいですよね。

世間的に生きても結局、誰もあなたが思うほど、周りはあなたを気にしていません。

「自分の心」に素直に向き合って、心が本当に何を望んでいるのかを知ることが、健全な精神を養う意味で大切な心の規範になります。

不幸をもたらす感情「自己憐憫」

今でもそうですが、私の心は弱くなると自分を叩くクセがあり、私もよく分かっている持病のひとつです笑

そんな心にさせないために、色々筋トレや食事などを強化してきた過去をもつ身としては、「自己憐憫」という言葉に非常に深い印象を覚えました。

本書では自己憐憫の代表例として「バイロン風な不幸」という悲観主義と「被害妄想」を取り上げています。

私の主観ですが、この「自己憐憫」の根底にあるのは、自身の隠れたプライドの高さと認められない焦りからの「承認欲求」ではないかと推察します。

「自分はこんなにも苦労や努力をしているのに、なんで認めてくれなんだ」

など、自分の意識を常に「他人」に求めてしまうが故の病理と考えます。先程の「競争」や「嫉妬」の元凶もそう。自己意識の肥大が原因なのです。

その自己意識の肥大をラッセルは「自分自身を閉じ込める牢獄」と称したのは、まさに、鋭い自己省察から生み出された指摘そのものと頷くよりほかにありませんでした。

不幸をもたらす感情「自己称賛」

以前ブログで紹介した「ダンニングクルーガー効果」も私たちが陥りがちなバイアスで、能力の低い人物が自らの容姿や発言・行動などについて、実際よりも高い評価を行ってしまう優越の錯覚を生み出す認知バイアスの一種です。

皮肉なことに、自分自身をもっとも知らないのは自分自身です。自分の顔が見えないと同様、自分の人となりも、周りの人のほうが熟知していますよね。

本当の自分に向き合わず「自己称賛」を繰り返せば、最終的には理想の虚像の上に立つ「自己欺瞞」になります。

自己欺瞞 : 自分で自分の心をあざむくこと。自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること

goo国語辞書より

よく有名人が、突如として不正を働いたり、スキャンダルで堕ちていくのは、典型的な自己欺瞞の例です。周りからの賞賛に自分を見失い、いつしか別の理想像を自分の中に作り上げます。

気づいたときには心がついていけず、しかし周りの期待に応えるために自分を演じ続けますが、やがて破綻を迎えるパターンです。

私たちも小規模ながら自分なりの似たような過去を経験するので、その気持はなんとなく理解できるのではないでしょうか。

自分自身を闇雲に傷つける必要も、過剰に褒める必要もありません。

ただ「ありのままに」見つめることができる「ニュートラルな心」を心がけるよう心がけを変えてからは、確実にこのような負の感情を排除できるようになり、自然と幸せのオーラを身にまとえるようになりました。

子どもから大人になるための生存戦略のため、仮面を覆うようになる私たちは「真の自分」と「仮面の自分」を見分けることができなくなりがち。

不幸を招き寄せる悪感情を排除することで「真の自分」を見つけやすくなることで、自分だけの幸福に近づけることをこの名著は示してくれています。

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

幸福論 B・ラッセル (角川ソフィア文庫) 

さいごに

一昔前の私が考えていた「幸せのカタチ」とは、なんとなくですが言語化すれば「快楽」「喜び」「平和」だったように思います。

自閉症の子を授かってからはまったく様変わりしましたが、今でも自分なりの「幸せのカタチ」を模索し続けています。

人の生き方はそれぞれ自由ですが、「自由」は「自らに由る」と書く禅語。まさに自分をなくして周囲に流されっぱなしでは真の「自由」は訪れません。

本書の原語が「The Conquest of Happiness (幸せの獲得)」となっているのは、まさに「しあわせは歩いてこない。だから歩いていくんだね」の歌詞にのように、自分の心の状態が幸せの要因を掴む一番の要素になっていることを表しています。

「幸せ」の花を咲かせる「心の畑」の土壌を耕す、大事な知識を教えてくれる名著です。ぜひ一読することをおすすめします。

私のブログが今回紹介した本を手に取るきっかけになれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

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