毎日安定した気持ちを作る心がけ

こんにちは!
ろんじえぱぱです!

もう今年は娘にまつわるイベントが重なり、なかなか噛みごたえのある年になっています。

自閉症の娘を授かってからは今現在に至るまで、私の生活は「安定」より半ば強制的に「変化」に対応を求められるようになりました。

一難去ってまた一難と、波をなんとか乗りこなしていくうちに、浮かび上がったのは「安心」や「安定」がもたらす感情の危険性です。

やっと平和が訪れたと安心したのもつかの間、また海の中に放り出されるような絶望感を何度も繰り返すたびに、もう決して何事にも安心しない「油断しない気持ち」が芽生えました。

この「油断しない気持ち」は一見ネガティブ思考のように思えますが、以前ブログで紹介した「不安障害」とは一線を画します。

「油断しない気持ち」は言わば「健全なマイナス思考」であり、このような思考は長い人生を生きる上で非常に大切なのではないかと考えるようになりました。

「慣れ」は甘えやおごりを招く

私たちの生活をスムーズにするため人類の脳が導き出した「慣れ」という脳プログラミングコード。

「慣れ」がもたらすメリットとデメリットをよく見極めて、付き合う必要があります。

習慣化がもたらすメリット

私たちの脳は習慣化を好みます。始めはどんなに苦しいことでもも、だんだん習慣化することにより、努力を必要とせず自動運転化することができます。

私が毎日行っている瞑想や筋トレはまさに習慣化の賜物で、どんな感情の状態でもルーティンだけはこなすことができるようになっています。

習慣化がもたらすデメリット

私たちの脳の「習慣」は残念ながら、いい方向にも悪い方向にも働きます。

今では禁煙に成功したタバコに手を出したのも、そもそも友だちからの一本から始まりました。そして初めて箱を買った瞬間に、その後の20年のタバコ人生が始まりました。

また昨年別居に至った10年間の結婚生活。

当時の生活を振り返ると、「平和」や「安定」が徐々に夫婦生活を蝕んでいったように感じます。

「平和」や「安定」に身を浸し、あたかも「なんの努力もなしに」今の生活がずっと続いてしまうことに慣れ、時折生じた夫婦間のヒビ割れに気づかず放置した結果、夫婦間の信頼の決壊に至ったことを身を持って感じました。

以前ブログで触れた「菜根譚」にも「慣れ」の恐ろしさを説く名フレーズがあります。

逆境の中にいるときは、身の周りのすべてのことが鍼(はり)や薬になり、それで節操を砥ぎ、行動をみがいているのであるが、本人はそれに気づいていない。これに対して順境にあるときは、目の前のすべてのことが、実は刃や戈となって、それで肉を溶かし骨を削っているのであるが、本人はそれを知らずにいる

『NHK100分de名著 洪自誠 菜根譚』より

水や空気は私たち人にとってなくてはならないもの。しかし、日常で水や空気に思いを巡らすことがあるでしょうか?

「慣れ」はどんなに大切な人やモノ、その行為ですら、全て「当たり前」に変える恐ろしさを持ち合わせているのです。

過去のブログで「慣れ」の怖さと「変化」の重要性を説いた本を紹介しました。ぜひご覧ください。

チーズはどこへ消えた

毎日を丁寧に生きる心がけの大切さ

では、ありきたりの毎日をどのように「慣れ」ずに過ごしていけばよいのでしょうか。それはすべて私たち自身の心の持ち方にあると考えています。

「毎日の自分」をホームメイドで作る

毎日の自分を作る大切な心がけとして、常に意識することは「毎日の自分の状態は異なる」ということ。

たとえ昨日に喜びを味わったとしても、今日起きた自分は昨日の感覚とは違うはず。また昨日悲しみを感じたときも、今日の感覚は昨日とまた違うはずです。

「毎日の自分」は若干ですが毎日違うのです。湧き上がる感情も、また起きた時の体調も当然異なります。

「毎日の自分は常に安定しておらず、不安定なんだ」と認識することがとても大切です。

そして毎日「変わる自分」だからこそ、「変わらない安定した自分」を作り出す意欲が芽生えてくるのです。

毎朝のルーティンを行う

私は男性なのでよく存じていませんが、毎朝行うルーティンは女性で言うところの「メイクアップ」に相当すると考えています。

毎朝、微妙に違う体調を一定に持っていくために、瞑想や筋トレを30分間行うことで、外出して皆にお披露目できる「いつもの自分」でいられます。

「思考」は常に柔軟になるべきですが、「行動」はある程度一定にすることにより習慣化されて強化されるので、固定化することをおすすめします。

安定した自分を毎日ホームメイドで作るために、瞑想や運動のルーティンを取り入れることをおすすめします。

マインドフルネス 瞑想

遊びも仕事も全力で取り組む

私たちがよく耳にする言葉。「疲れた」という口癖のような重い疲労感。

このフレーズの真意は、ネットやテレビを見て無為な時間を過ごしたり、適当に仕事をやったあとにやってくる「充実感なき疲労感」と考えます。

私たちが一旦夢中になった時の集中力はものすごい。まるでタイムワープしたかのように時間はあっという間に過ぎ去り、まさに「ゾーン」と呼ばれる超集中力状態になります。

常に本気 メリット

仏教用語にも心を統一し散乱させることなく一つの対象に集中することを指す「一心専念」があります。

なんにも集中せずダラダラ過ごすことはなんの学びもなく、経験も増えない、まさに命の無駄遣い。

一生懸命取り組めば、その結果がたとえ良くなかったとしても必ずや次に繋がる学びがあります。

疲労感は生きているうえで必ず生じるもの。一日中寝ていても疲れます。

大切なことは一日一日を喜怒哀楽無駄なく過ごし、充実感をもつこと。そのときにはやる気エネルギーが充填されていて、思い疲労感は感じないはずです。

常に油断しない心構えをしておく

常に油断しない心構えとは、常に心を「中立」に保ち、「ニュートラル」にしておき、幸不幸の両面に対応できる心のバランスを取ることと考えます。

たとえ喜びや幸せを感じてもそれにどっぷり浸かってしまうと、その時にちょっとしたトラブルや不幸せを感じてもフタをしますよね?

悲しみも喜びもみな同じ。極端な前傾姿勢なままでは、支えがなくなると、もんどり打って倒れ、心が全身打撲します。

喜怒哀楽全ての感情に対して、心の足の片一方を前に出したら、心の足の片一方後方に置きます。

悲しみに対しては希望や学びを。喜びに対しては油断に対しての警戒を。

感情が激すると、否が応でも、本能である心はそれに引っ張られます。そこを私たちの理性がどれくらい俯瞰で見れるかが、私の昨今の課題でもあるのです。

瞑想 心 対話

さいごに

私たちの生活の全てはヒトもモノも常に変わります。変わるからこそ、毎日起きた時から丁寧にその日を手作りする必要があります。

機械でも人でも日々のメンテナンスが大切。

常に油断や慢心を避け、その時自分ができる最大限の努力をすることで、初めてその連続性が長期的安定性を生みだします。

悟りに至ったとされる仏教の始祖「ブッダ」が最後に残した言葉を紹介します。

もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい

中村元訳『ブッダ最後の旅』より

数多ある宗教の神々の中で、ブッダは唯一生身の人間出身です。

生身の人間だからこそ、慢心する私たちの心の脆さを鋭く指摘し、最後に集まった弟子たちにこの言葉を伝えました。

常に変わる無常の世の中だからこそ、「常に怠らないこと」で日々安定した自分を作りだすことの重要性を説いた金科玉条なのです。

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

ろんじえぱぱ

毎日安定した気持ちを作る心がけ
最新情報をチェックしよう!