【右脳 左脳】心の大地を耕す意義

こんにちは!

ろんじえぱぱです!

『ほとんど、あるいはすべての人間は脳の10%かそれ以下の割合しか使っていない』

という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

人の脳の大部分が潜在能力があるにもかかわらず、それを使いこなせていないということになります。

 右脳と左脳の役割

人の脳は右脳と左脳に分かれていて、その2つの脳は脳梁でつながっています。

よく男性は論理的といわれますが、それは思考の大部分を左脳に依存していることによるものです。

左脳は読み、書き、話すなどの言語、文字の認識や計算と算数などの数理的推理や論理的思考を司るため、『論理脳』と呼ばれる所以でもあります。

それに対し女性は 感情的な生き物といわれますよね。

右脳はイメージ、感覚、創造性などを担当する『感覚脳』と呼ばれ、直感やひらめきなど、論理的に説明しづらい感覚を司っています。

女性は男性に比べ右脳と左脳をつなぐ脳梁が発達し、両方の脳を同時に使いこなすことが出来るため、2つ同時に異なる作業をこなすことができたり、男性には分からない感覚的な分野が優れているといわれます。

 脳の可塑性

私が心に注目する理由としては『脳の可塑性』が挙げられます。

脳の可塑性とは、脳内の神経が環境の変化に対応するために、よく使われる神経回路を優先させ、使われない神経回路の効率を下げる脳の活動です。

40代にもなると、頭はどんどん衰えていくと思いがちですよね。

と、こ、ろ、が! 脳は鍛えれば鍛える程、脳内の神経が再構築され潜在能力が増していくんです!!

これって年々年を取っていく私たちに生きる希望を与えますよね!

 左脳生活

20年前のベストセラー『脳内革命』によると左脳にインプットされている情報はその人が生まれてから現在までの歴史しかない。

しかし右脳に蓄積されている情報は過去の人類が蓄積してきた英知が遺伝子情報としてストックされていて、如何にその情報を引き出すことが、人生を豊かにする秘訣だと説かれています。

私はこれまで20代で培った人生経験で30代を過ごしてきたことをお話ししましたが、これこそまさに左脳に頼り切って生きてきたことになります。

私の左脳の情報の歴史はわずか40年。自分の身の回りで起こった経験でしか知恵を得ていませんでした。

左脳中心で周りの出来事に反応するだけの生活を送っていると、自分自身の像が見えづらくなり、自分探しをするため、周りの環境で作られた枠に自分を当てはめるようになります。

私の世代は『いい大学に行けば、いい会社に就職できてその後の人生も安定』という神話がまだありましたので、学部はともかくいい大学に入るため、他に何も考えず勉強に夢中になっていました。

が、しかし大学に入って私を待っていたのは『空虚感』でした。

私は何なのだろう。何をしたいんだろう。その『空虚感』を埋めるために当時唯一高校時代から継続していた英語に希望を託し、オーストラリアにワーキングホリデーで向かったのが人生の始めの分岐点になります。

その後、海外生活を経て、就職、結婚、家庭を築き子供を授かりました。

妻子を持ち、家庭ができることにより、何もなかった私は周りの環境で作られた『父親』という枠に自分を当てはめて、自分の心を形成していったような気がします。

言うまでもなく家庭は家族は何物にも代えがたい存在であり、父としての役割を全力で果たすつもりですが、それとは反対に私が本当に人生でやりたいことは何なのかはいつも頭の片隅に小さな疑問となって住み着いていました。

 『父としての義務を果たす』ことは文字通り義務であり、”すべきこと”です。

しかしそれは周りの人々の期待を満たそうとする承認欲求に基づく自分形成に他なりません。他人の期待によって色塗られた自画像になります。

 右脳の力を引き出す

心の大地を耕すことは自分が真の意味で精神的に独立すること。自分の自画像に他人の期待ではない、自分の色を塗っていく作業に他なりません。

『毎日適当に仕方なく生きるのではなく、何か成すために生きる』 

真の意味で自分の人生を送る。

与えられた役割をただこなして人生を生きるのは、損得勘定や承認欲求に従った左脳中心の人生です。

義務感に自分を犠牲にしない生き方を模索しつづけ、私なりに出た答えが”心”に注目することでした。

 知に触れる

本やネットを通じた知識や哲学はそれぞれの先代の人生のエッセンスです。

さまざまな偉業を成した巨人の知識に触れ心の大地を耕していると、人類の知恵である右脳とつながり、これまで全く気が付かなかった地下鉱脈の豊かな知恵の水が流れ出すのを感じます

イチロー選手の引退会見で印象に残ったフレーズがあります。

『成功すると思うからやってみたい、それができないと思うから行かないという判断基準では後悔を生むだろう』

私もこれまで、本自体をまったく読まなかったですし、まして今ブログを書くなど、一度たりとも想像したことがありませんでした。

よくわからないけど、私の頭のどこかに表現したくてたまらないものがあって、それでこんなつたない文章ながらも、書きつづっています。

そんな思いでやっているからこそ、上の言葉は自分にぐっとくるものがありました。

私が本やネットを通して”発見”がある時、このようにすっと私の脳裏に刻み込まれる瞬間があります。

私はその知識が、損得計算の左脳を超えて、人生経験を経てはじめて右脳と触れ合った瞬間と考えています。

得た知識を取り入れ、右脳を刺激すると心の大地ががうるおい、そこにまく”行動の種”も見違えるようになりました。

もしイチロー選手の言葉を一昔前に聞いても、おそらく何も響かなかったででしょう。

しかし、人生経験が増えて改めて知識に触れると、20代の頃に何も感じられなかったフレーズが脳裏に響くことに気づきました。

 まとめ

心の大地を耕すことは右脳を開拓することであり、それは左脳の損得主義でこり固まった私自身の心に非常に大きな変化をもたらしてくれています。

私も今の年になって初めて読書の大切さが身に染みて分かりました。

知を取り入れ、知を表現することに喜びを感じ、その結果少しでもみなさまの思考の気づきの一部になればこれ以上ない喜びです

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

ろんじえぱぱ