人生に希望をもつ大切さ

  • 01/03/2020
  • 01/03/2020
  • 思考

こんにちは!
ろんじえぱぱです!

あけましておめでとうございます!

2020年の幕が開けました。今年はどのようなことが起こるんだろうと思うと胸がわくわくします。新しい知識、新しい出会い、もちろんトラブルもあるかもしれませんが、すべて含めて人生です。

今年も新しい刺激や出会いを探して好奇心のサーチエンジンをフル回転していきます(*´ω`)

希望には対義語がない

数か月前どこかの本かネットで『希望という言葉には対義語がない』というフレーズを見かけました。

去年の夏は娘の自傷行為や離婚問題など、まさに人生の正念場だった時で、毎日必死にがんばってる中で見つけたキラ星のようなフレーズは私の心を打ちました。

その後、ネットでそのフレーズを必死で探しましたが、残念ながらその後見つかっていません。ただ私の心の中にそのフレーズは刻み込まれています。

現在は娘の自傷行為は落ち着きましたが、今度は母が不安症と乳がんに苦しんでいます。毎日何かしらの困難に向き合いながら、いつもこの言葉を信じています。

『全てのことはいつかきっとよくなる』と。

希望とは私たち皆が胸に抱く対義語がない崇高な言葉なのです。

失望と絶望は期待が対義語

失望と絶望という言葉が希望の対義語にあるような気がしますが、これらの言葉は希望の対義語ではなく、『期待』に対する対義語と考えています。

『期待』とは、あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること。当てにして心待ちにすること。

デジタル大泉辞

私たちは生きているなかで色々な『期待』を持ちます。仕事だったり家庭だったり、生まれた子どもに対しても期待で胸を膨らませます。

期待は私たちの欲求から来ています。人は生きている以上欲から解放されることはありませんが、希望はそのような欲が原点ではなく、私たち生きとし生けるものがもつ体の知性である『良くしていく力』が原点です。

希望の対義語は無気力感

ドイツの哲学者ニーチェは「私たちのもつ本能は誰でも備わっている大いなる知性であり、私たちの生命を救う働きだけをする」と述べています。

例えば私たちの体は恒常性が備わっています。熱くなれば汗を出して体温を下げ、寒くなれば、体を身震いして常に体温を一定に保っています。

エネルギーが足りなくなれば空腹感を促し、エネルギーが満たされれば、満腹いのサインを出します。

外部の病原菌やバクテリアが侵入すれば、免疫細胞がその迎撃をしますし、危機が迫れば、瞬間的に戦うか、逃げるかの行動を私たちに選択させます。

このように私たちの体は本人の意志に関係なく、常に『すべてのことを良くしよう』と本能を働かせて常に生きつづけようとしているのです。

しかし私たちの高度な脳は時として,そのような『良くしよう』という希望を打ち消しにかかります。

以前の私が陥っていた毎日をなんとなくすごく無気力な状態、良くなる自分を信じられず、自己肯定感が上がらなくなる ニーチェの言う『末人』のような状態。

また現在の母も自身の不安障害と娘の育児で疲弊し、常に自分を否定する否定グセがあり、自己肯定感が全くない状態。

そのような状態、つまり無気力感こそ私たち人から生きる力、希望を失わせる希望の対義語と考えています。

希望の持つ力

ナチスの強制収容所を生き抜いたオーストリアの心理学者ヴィクトール・フランクルは『夜と霧』の中で心の支え、生きる目的を持つことが生き残る唯一の道だったと述べています。

わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

出典:夜と霧

熾烈を極める過酷な環境の中で、考え出した結論は人生に期待するのではなく、自分の人生から期待される今この一瞬をどのように過ごすかこそが将来の希望をつなぐ分水嶺になるとしています。

今私を取り巻く環境も以前のままです。「母の不安障害が治るのだろうか」、「母のがんは治るのだろうか」、「自閉症の娘の将来は?」など常に、潜在的な不安に取り囲まれています。

悩みはいつまで経っても亡霊のように付きまとい、自分の心が弱くなった途端に襲い掛かってくることは目に見えて分かっています。

しかしそんな私をかろうじて支えているのは崇高なる希望の力です。

『止まない雨はない』、『今日は昨日より少しよくしよう』など、少しでも『良くしよう』という私たちの本能がもつ生きる力を信じて、日々の日常に取り組んでいます。

自分を大事にする

なぜ私が毎日瞑想や食事、運動などを習慣化して行っているのか。それは自身のもつ『希望の力』を保ち続けたいという思い一点にあります。

私は自分の心がとても弱いことを自覚しています。母のとケンカでも一旦感情が激すると、瞑想の成果はどこへやら、感情が溢れて無茶苦茶キレまくってる自分がいました。

そんな弱い自分を知っているからこそ、メンタル常ににコントロールし、感情の本丸にストレスや負の感情をを侵入させないように、幾重にも心の本丸の周りに石垣を築いて負の感情を撃破する努力を重ねています。

正常に精神を保つようになれたからこそ、今の状況が辛くとも『いつか必ず良くなる』という希望の力を信じ切れる自分を創り出し続けているのです。

まとめ

今の私には自己啓発の本がいうような将来の目標とかは特に設けていません。

しかし毎日がつらいながらもそれなりに充実しているのは毎日の生活を『脚下照顧』し、現状を見つめて自分ができる最善を常に行動に移しているから。

将来がどうなるかなんて考えている暇もありません。毎日人生から問われる期待(娘の育児と母の精神サポート)に必死に応えて、そこで私が感じた学びを元に自分がより成長し、その軌跡をブログに書き続けています。

『すべてのことはきっと良くなる』。この希望の力を強く胸に抱き、失敗があれば反省し改善を加え、日々の生活を少しずつ良くなるように、豊かになるように努めて前に進んでいきます。

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

ろんじえぱぱ

人生 希望 大切
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