自分と向き合う時の大切な心がまえ

こんにちは!
ろんじえぱぱです!

これまで外部の情報にずっと焦点をおいてきましたが、ここ数年は外部から内部へ焦点を切り替え、自分に向き合う時間が増えたことを感じています。

瞑想を始めとして哲学や心理学、ダイエットなど自分の心と体にまつわるあらゆる方法を実践してきていますが、実際に実践する中で自分の限界も感じました。

どれだけがんばっても自分の「無意識」を完全に操ることはできないのだなと痛感させられています。

一生懸命ダイエットしてても、結局お菓子に手を伸ばす自分がいますし、深呼吸など呼吸法を覚えても、怒りが起きた肝心な時に呼吸が浅いなど、修行の成果がうまく発揮せず悶々とする日々。

何度チャレンジしても同じ失敗を繰り返すので、人間らしいといえばそれまでですが、時折自分にがっかりする時もあります。

心を何度か折られる中で、自分に向き合う際の適切な距離感がないかと模索するうちに一つの考えが浮かんできました。

それは「自分を自然の一部としてとらえる」という概念です。

「いのち」あるものはみな自然の一部

私たちは常に自然に囲まれて暮らしてます。木々や草花はそれぞれが「いのち」を持ち、季節にあわせて咲いては枯れ、また花を咲かせます。

私たちが表す「いのち」はそれ自体が自立して存在し、無意識に行動するさまを指します。

また天気の移り変わりもまた自然です。

まるで「いのち」があるように無意識に四季を作り、晴天や雨天、時には災害をもたらします。

私たち人類は自然をコントロールすることを幾度も試みましたが、やがて不可能であることを悟り、代わりに天気予報を用いて、自然にあわせて暮らしていく方法を身につけました。

「いのち」があるのは木々のみならず、動物や虫、一緒にくらす犬猫などのペットも同様です。そしてなんといっても私たち人類も「いのち」をもつ動物の一人なのです。

人とは「いのち」ある小自然

つい忘れがちですが、私たち人も「いのち」ある理性の動物です。

「いのち」を意味することは無意識で生命活動を行うことであり、今こうしてブログを書いている現在の私の体は常に呼吸を始めとして、心臓や内蔵、脳が活動し、「私」という生命の維持活動を無意識に行っています。

私たちはほぼ自分の思うように四肢を動かせるので、あたかも完全に自分をコントロールしていると考えがちですが、それは全て「有意識」の理性の世界です。

「有意識」の理性の世界は人の「無意識」の世界に比べればあまりにも小さく、脳で言えば前頭前野の理性の部分にしか過ぎません。残りの大部分は大脳辺縁系を中心とした「本能」が生命維持活動を支えています。

私たち人は「本能」という生命維持活動に「理性」というパイロットが乗っている動物であり、まさにガンダムのようなモビルスーツなわけです。

自分 ガンダム 借り物

ただガンダムはロボットであり、それ自体では全く動かないのに対し、私たちの体はその意志とは関係なく生命を維持しようとします。

それが「いのち」たる所以であり、その意味で私たちは自然の一部分といってもよいのかもしれません。

理性がコントロールできない世界「いのち」

以前瞑想を始めた時は、いつしか完全に自分の心を掌握し、コントロールできることができると考えていました。

しかしいくら瞑想を続けても、時折生じる娘の自閉症行為を目の当たりにして感情が幾度となくかき乱され、感情のオーバーシュートをする自分がいました。

確かに瞑想をすることで大部分の感情を抑制できるようにはなりましたが、100%にはどうしてもいきません。

瞑想で自分の心と向き合っているのは、いわば自分自身の感情という「無意識」の世界。

心と向き合う時間が増える中で理解したのは、「感情」と「無意識」の領域はどうしても完全にコントロールが及ばないことに気付かされました。

自分との理想的な付き合い方のカギは適度な距離感

私たちは自然に対してほぼ何も抵抗できないことはわかっています。そしてそのことに対して無力感はあれど、ストレスはあまり感じず、自然に合わせるように私たちの環境を整え、ありのまま受け入れています。

機能的な服、災害に強い家、温度の変化にはエアコンで調節をするなど、身の回りの環境を自然にあわせて開発することで、自然を完全にコントロールしないまでも、うまく付き合うことができるようになりました。

もし私たちの「本能」という部分を自然の一部と考えることができれば、自分自身に対しても自然と同じような気持ちが働きます。

それは「完全にコントロールする」という完璧主義的な考え方より「うまく導く」という考え方です。

自分の「本能」や「無意識」の部分を自然と見立てると見方が変わり、完全にコントロールする発想はなくなります。

反対に自分の「無意識」の部分を如何に良い方向に働かせるように「うまく導く」やり方を取り入れることが精神に負担のない理想的な方法と考えます。

瞑想と習慣化で「無意識」に働きかける

そこで大事なのが自分の中の他人「無意識」との距離感です。

呼吸を始めとする生命維持活動に関しては、私たちの体はほぼ無意識で活動しています。

その無意識のひとつが「感情」であり、雲のように湧き上がっては私たちの行動に大きな影響を与える存在。

それに働きかけるベストな方法はやはり「瞑想」です。

瞑想は感情に対して適切な距離感を作ることができ、感情に飲まれにくくなりますし、感情の初動を捉えることができるようになるため、感情の天気予報の役目を果たします。

感情の起伏が予測できれば、それに合わせて行動する選択肢が選べるので、自暴自棄になる前に冷静に生産的な行動を起こせるようになります。

また実際瞑想をして感じられる恩恵は、精神が非常に安定し、常に鏡面のような静かな状態でいられるようになります。

感情が静かで一定しているため、急激な感情の上昇に非常に気付くやすくなるのです。

感情の安定性は人間関係を築く上でもっとも大切な要素です。瞑想することでどっしりした精神を手に入れることができるようになります。

もう一つ無意識に働きかける最良の方法は「習慣化」です。

習慣化 ルーティン

最近太り始めていることを自覚し始めた私はもう一度ダイエットをはじめました。

ダイエットというと意気込みや気合が大事だと思われがちですが、有意識の努力は短期間しかもちません。無意識に働きかけるには、なによりも継続性が大事であり、時間をかけて身体が「無意識に」変化するのを待ちます。

1−2週間や1ヶ月の体重の動きで、そのダイエット方法が効果があるかどうか体からフィードバックがもらえます。

例えば、今回の太ってきた理由として、毎朝ボリュームのあるプロテインドリンクを飲んでいたのと、夕食後のお菓子やアイスのつまみ食いが原因と考えました。

朝食をプロテインドリンクをやめて以前の「8時間ダイエット」を復活させ、夕食後にそれを飲むことでスイーツのつまみ食いを軽減させる作戦です。

現在約一週間が経過しましたが、お腹周りが若干スッキリしたのを感じるのと同時に体重も上げ下げはあるものの、約1kg以上減少したことが確認できています。

ダイエット

ダイエットの成否を決める体重の増減は全て無意識の活動体である、私たちの体が決めています。有意識の理性的な「私」がいくら気合や根性を発揮したところで、無意識の体がすぐに変わることはありません。

「習慣化」を行うすることで絶えず無意識に働きかけることができるようになり、はじめて徐々に効果を発揮するように変わっていくのです。

自然を性急にコントロールする術がないと同様、私たちの心と身体も時間をかけてうまく付き合うことが大切だなと考えています。

さいごに

環境破壊が叫ばれて久しいですが、環境破壊は自然だけにとどまらず自然の一部である私たちの体に起こりえます。

日々の食事をおろそかにし、インスタント食品や加工食品に囲われた生活をしているとあっという間に体も虚弱化していきます。

ただ安いという理由だけでレトルトカレーでランチを食べまくっていた5年前はしょっちゅう体調を崩しがちでした。

食事法を変えて、毎日健康食品を食べるように変えてからは、40代半ばになりますが、ますます健康を感じるようになってきています。

こちらは年一回行われる定期検診ですが、ここ数年は安定した数字がでるようになってきました。

ちなみに腎機能のC判定はクレアチニンの値が若干オーバーしていましたが、この数値は筋肉量に比例して高くなる傾向があるので、褒め言葉と解釈しときます笑

定期検診 結果

私たちの体は「無意識」を共有する動物であり、また自然の一部分でもあります。

「無意識」な身体は決してウソをつきません。行いがそのまま結果になって現れます。自然に畏敬の念を持つと同様、私たちの身体にも敬意を示す必要があります。

自然を完全にコントロールすることは不可能なことを念頭に置いて、焦らず時間をかけて、敬意をもって心と身体に相談しながら付き合っていくのが、「自分」という「小自然」と付き合う最良な方法ではないかと考えます。

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