過去の自分の性格

こんにちは!

ろんじえぱぱです!

今回は以前の私がどのような性格だったかを描写していきます。

私は20代前半はワーキングホリデーをきっかけにオーストラリアに海外留学し、その後、ホテル業界に興味を持ち、都内をはじめ、アメリカや香港のホテルを転々としたあと日本に帰国し、その後10数年で現在に至ります。

このような経験から私の座右の銘は”水”でございまして、環境が変わっても姿かたちを変え、柔軟に対応するということを特技としていました。

性格は穏やかで周りの評判はいわゆる”いい人、やさしい人”という評価だったと記憶しています。まあ柔軟に対応するというのは、いい意味でも悪い意味でも八方美人にもなるわけです。

大学時代から本などは一切読まなくなり、いわば20代のたくわえた経験の貯金で30代をやり過ごしてきたように思えます。

今振り返ると痛感したのが、物事を決めるうえで明確となる軸がなかったということです。自分の思考の基盤がないために、その基盤を周りの評価である”なんとなくいい人”にすえていました。

そうなると今度はそのイメージを守るための行動になり、期待を裏切らないように知らず知らず、自分を意思を少しずつ抑制していき、最後は自分が何を求めているのか解らなかったというのが本音です。

純粋に自分の気持ちに向き合ったことがなく、仕事から疲れて帰ってきては、気持のおもむくまま、テレビやインターネットに興じる毎日を過ごしてきました。

結婚し家庭を持ちましたがライフスタイルが特別に変わるわけではなく、そんなに深く考える必要性も感じず、仕事、仕事、ときおりショッピング、旅行などで消費を目的とする生活が続いていました。

ニーチェの言葉に最低の軽蔑すべき者として”末人”という概念がでてきます。社会の中で価値が信じられなくなるニヒリズムが広がると人は努力するのをやめ、安楽を求める人が増えると示唆していましたが、この言葉に触れたとき、まさに自分自身を指す言葉だと痛感したのを覚えています。

なんとなく毎日を過ごし、なんとなく月日が流れる。気づけば、はや40代。このまま平穏が毎日が続くかと思っていましたが、残念ながらそんなことはなく、やがて父の死と娘の診断が私の人生上の考えを変える転機となりました。

海外生活を経験すると日本は本当にきれいで便利な国と思います。が、実際に長く住んでいると、これほど便利なのにもかかわらず、何か閉塞感を感じる人も多いのではないかと思います。

なぜ経済力や便利さで劣る他の海外の国が日本より幸福感が高いのか?同時にいろいろな疑問がわいてきました。今の生活に何が足りないのか?何が満ち足りてないのか?

次回はそのような疑問に対して私なりに考えた答えをお話ししたいと思います。

 

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

ろんじえぱぱ