自分の図解化 その1

こんにちは!

ろんじえぱぱです!

自己の哲学を作り上げ、維持することは一日にはできません。日々変わる暮らしの中で、変わらない習慣を身につけ継続する力が不可欠になります。

今回紹介するのは自身を一本の木に見立てて、それぞれの部分がどのような役割を担っているのかを図解化して説明したいと思います。

【天気】

天気は私を取り巻く環境になります。仕事、家庭、友人関係、プライベート、いろいろなイベント。文字通り晴天の時もあれば気分が滅入るような雨の日もあります。予測が立てやすいのもあれば、全く予期せず、突如として起きるイベントもあります。

仕事やプライベートで天気予報のように何が起こるかある程度予測ができるなら、心理面や物理面で準備ができますが、いきなり起こるイベントは予測不可能です。言い換えれば天気は自分で操作できるものではない(UN-CONTROLLABLE)と定義できます。

【木の幹】

それに対して自分で操作できる部分(CONTROLLABLE)な部分は自分を表す木の幹になります。木の幹は自分の思考、行動や言葉づかいになり、他人が認識する私自身そのものになります。木の幹の姿がそのまま他の人が受ける自身の印象と言ってもいいでしょう。

【枝、葉】

では枝、葉とは何を表すでしょうか?私は現在の自身を表す”木の幹”を通り、たくわえられた知識や興味の集合体と考えています。枝葉が多ければ多いほど、その人の知識や技術 が豊富なので必然的にそこから収穫される知識は多くなります。

その後、枝葉に芽吹いた実が自身の体験によって熟成され、地面に落ち、ふたたび自身の”根”の部分から吸収されます。体験によってはじめて知識が自分だけの知恵に変わり、自分のものになります。

つまり成長とは、自身の持つ知識が体験を通じて知恵に変わるサイクルを繰り返すことだと言い換えることができます。ここまでは、他人から認識できる私自身という”樹”になります。

しかしながら、樹はそのままで立ってることはできるでしょうか?樹を支える”根”の部分、樹全体に栄養を与える”土”、成長を促進する”肥料”。これらの部分があってはじめて”樹”は立ってられますよね?

次回は他人が見ることができないが、”樹”成り立たせるうえで不可欠な部分についてお話ししたいと思います。

ろんじえぱぱ